今回は、鹿島神宮を後にし、千葉県香取市に鎮座していらっしゃる息栖神社、そして香取神宮へと訪れてみたいと思います。
鹿島神宮、香取神宮、息栖神社の三社を合わせて東国三社と呼ばれています。これら三社の鎮座位置はその入り口にあたり、うち鹿島神宮・香取神宮は大和朝廷の東国開拓の拠点として機能したそうです。
また、三社の位置は二等辺三角形を描くことが知られています。
巨大ナマズの尾を抑えていると伝えられているもう一方の要石に、今後震災の被害が発生しないようにお祈りさせていただこうと考えております。
それでは皆さま、最後の東国三社巡りを行う旅の続きに参ります!
今回のルート
鹿島神宮を南下し息栖神社へ向かいます。利根川を越えて千葉県へ入り、香取市にある最終目的地である香取神宮はすぐそこです。
Today’s Shrine
息栖神社
いきすじんじゃ

場 所:茨城県神栖市息栖
御祭神:久那戸神(くなどのかみ)
天乃鳥船神(あめのとりふねのかみ)
久那戸神(くなどのかみ)は国譲りの際に武甕槌大神と経津主大神を先導したと伝えられている神様です。主祭神である久那斗神は、厄除招福・交通守護の神であり、井戸の神でもあります。また相殿神である天乃鳥船神(あめのとりふねのかみ)は交通守護に、住吉三神は海上守護にご神徳があります。

他の二社と比べてそれほど広大な敷地の境内ではありませんが、由緒ある風格を感じます。この季節は茅の輪くぐりができるようになっていて、この輪を三回順番にくぐると厄除けや健康祈願が出来ると言われています。

境内に面した鳥居から少し離れたところに「忍潮井(おしおい)」と呼ばれる2つの井戸があります。「男瓶」「女瓶」という名の2つの土器から水が湧き出ています。
▶忍潮井の伝説とは
女瓶の水を男性が、男瓶の水を女性が飲むと二人は結ばれるという言い伝えがあり、縁結びのご利益もあるとされています。
息栖神社が日川から今の地に遷座した際に、取り残された男女の二つの瓶は神のあとを慕って三日三晩哭き続けたのだそうです。二つの瓶はとうとう自力で川を遡り、一の鳥居の下に据え付きました。この地に定着した後も、時々日川を恋しがり二つの瓶は泣いたという伝説があるそうです。

息栖神社の御朱印はこちらです。
神社名が記されない比較的シンプルな御朱印ですね。由緒正しい神社では印のみの御朱印であることがあります。

ご由緒・ご祭神
場 所:千葉県香取市香取1697
ご祭神:経津主大神(ふつぬしのおおかみ)
香取神宮は古来より皇室からの崇敬が篤く、中世以降は下総国の一宮として篤く信仰されています。
現在は神宮との称号を拝されている神社は多く存在しますが、明治以前に『神宮』の称号を得ていたのは伊勢神宮・香取神宮・鹿島神宮の三社のみだったそうです。
香取神宮の武徳は平和・外交の祖神として、勝運、交通 安全、災難除けの神としても有名です。

ご祭神は「経津主大神」
武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)と共に出雲大社のご祭神である大国主命(おおくにぬしのみこと)と話し合って国譲りの交渉を成就し、日本の建国を行った武神・軍神。
▶もっと詳しく
天照大神が葦原中国(地上世界の事ですね)で八百万神に相談すると、 経津主大神に加えて武甕槌大神も名乗り出る事となり、二神は共に出雲に派遣されることとなりました。
出雲国の稲佐の小汀 に辿り着いた経津主大神と武甕槌大神が十握剣(とつかのつるぎ)を抜き、逆さに突き立て武威を示すと、大国主神は天照大神の命令に従い葦原中国を譲りました。
二神は大国主神から平国の広矛(くにむけのひろほこ)を受け取り、日本の国を平定して、天照大神の元へ帰還されました。

香取神宮の門前町
今回の旅の最終目的地である香取神宮へ参りました。こちらに伺った頃にはすでに16時30分を過ぎていました。社務所で御朱印をいただくことができでしょうか…

香取神宮一の鳥居
こちらが香取神宮の一の鳥居です。香取神宮と刻まれている社号表も立派ですね。
社号表とは何?
必ずと言ってよいほど神社にある表札のような役割をしているこの石の支柱を「社号表」と呼びます。時々使用しますのでぜひ覚えておいてくださいね。

香取神宮の参道
玉砂利が敷き詰められ、両側には美しい燈籠が。手入れが入念に行き届いた居心地の良い参道でした。
参道とは…
神社の拝殿へ向かう道のことを指します。
神社の参道のうち、主に正面に位置するもの「表参道」と呼び、脇道には地名や方角をつけた参道や裏参道と呼ばれるものもあります。
東京青山周辺の表参道とは、おしゃれな通りの名称であるだけではなく、もともと明治神宮の参道として整備された大通りがそのまま地名となったそうです。

香取神宮の神門
香取神宮の神門です。神門とは本殿のある広場に入る前にある門の事です。
香取神宮の建築物は手入れや改修が何度も行われているのでしょうか。非常に華美な装飾が施されていて綺麗な神門です。

手水舎で身を清めます。こちらから右に進むと本殿があるようですが…
香取神宮の拝殿

香取神宮の拝殿に到着いたしました。一般的には賽銭箱が設置してあり、参拝を行う場所を「拝殿」と呼びます。一方、その後方に位置する建屋を通常は「本殿」と呼びます。
木造平屋建てで、檜皮葺。これだけ華美な装飾が施されている拝殿は珍しいですね。初めて訪れたことに対してご挨拶をし、武運をお貸しくださいと祈願しました。

先ほどの手水舎から本殿と反対側に進み5分ほど歩くとこちらの奥宮へと到着いたします。
奥宮はその神社の鎮座する山の中腹や山頂に鎮座していらっしゃることが多いのですが、鹿島神宮と香取神宮は他ではあまり見られることがない、ご本殿のある敷地内に奥宮があります。

こちらでは香取神宮の奥宮の身でいただける御朱印もあり、社務所もこの近くにあります。

もと来た道を歩き要石を目指します。この先に要石がいらっしゃる雰囲気がプンプンします…

こちらでしょうか。近づいてみます。

要石がありましたね。大ナマズの尻尾の方を押さえつけているのが香取神宮の要石だそうです。

鹿島の要石は石の頭が凹んでおり、香取の要石は凸型であるそうです。
新海誠監督の作品「すずめの戸締り」。もし興味がございましたらご覧になられてはいかがでしょうか。

こちらが香取神宮の御朱印です。
少し丸くてかわいらしい印象の文字の形をしています。
下総国一之宮 香取神宮
〒287-0017
千葉県香取市香取1697-1
TEL : 0478-57-3211
FAX : 0478-57-3214授与所、御朱印受付の時間(通常)
8:30~17:00
(祈祷受付~16:30迄)
(宝物受付~16:00迄)
※詳しいアクセス情報やご由緒については🔗香取神宮の公式ホームページをご覧ください。
帰路は栃木県の宇都宮市街で餃子をいただいて新潟へ戻ろうと思います。おおよそ6時間で帰宅できる予定です。

宇都宮市街は考えていた整った街並みでした。完全に日が暮れた後に到着いたしましたが、ネオンや街灯が綺麗でした。

宇都宮屋台横丁
風情のある居酒屋が狭い路地に立ち並んでいて気分も高揚します。こちらの風景を目にしたただけでもワクワクしますよね。

手作りぎょうざのふたあら
風の噂によるとこちらの店舗は現在、閉店してしまったとの噂も伺いました。新潟への帰路を目指している事をお話しさせていただき、 餃子と一緒に麵料理を提供していただきました。

自家製のもちもちの皮で包んだ餃子の餡を、口の中に放り込むとジューシーな肉汁が溢れてきます。パリパリに焼いた餃子の皮が香ばしく、店主のお姉様自家製の特製ラー油をたっぷりのせて一気に食べ進めます。
食事においても、従業員の方々においても、非常に満足して帰宅の途に就こうと思います。
香取神宮を出発してから程なく、ナビが故障してしまい、進路を見失いながら4時間ほどかけて栃木県宇都宮市へ到着しました。
実は、宇都宮から高速道路を利用したのですが職場の方へお配りするお土産は何にしようかと考えているうちにいつのまにかガソリンが尽きてしまいました。しかし、なんとガソリンスタンドのあるパーキングエリアまで到着できそうにありません!!
困り果てた挙句、自動車保険会社へ連絡をして応急処置としてガソリンを供給していただきなんとか帰宅することができました。結局新潟へ帰宅したのは朝の6時を過ぎており、大変ぽ恥ずかしい限りでございます。
長旅にお付き合いいただきありがとうございました!
次回は長野県(旧国名:信濃国)にご鎮座されている神社へ参拝に参ります。私自身の起源を探る旅を自身の考察と共に皆さまにお伝えしたいと考えております。
皆さま次回の旅のご準備をお願いいたします。それではいざ次回の旅へと参ります!








