今回は長野県諏訪市に鎮座している諏訪大社へ参拝の旅へと行って参りました。 諏訪大社は全国に約25,000社ある諏訪神社の総本社であり、信濃国の一宮です。
長野県の諏訪湖の北部に位置する「春宮」「秋宮」の下社と、南部に位置する「前宮」「本宮」の下社の四社を総称して諏訪大社と呼びます。急な斜面を大きな丸太に乗って滑り降りる全国的にも有名な奇祭「御柱祭」を開催する神社でもあります。
私の故郷である新潟県には全国で最多の約900社の諏訪神社が存在しており、また長野県と新潟県には大みそかの深夜に参拝に出かけ、新年の年を跨いで参拝をする「二年参り」という風習があります。私が県外出身者の方に伺った際に、初めて自身の地域周辺の地に伝わる風習である事がわかりました。
これから新潟県と長野県の結びつきや、自身とのご縁を紐解きながら参拝に伺う事になります!
いざ!参拝へ参ります…
諏訪大社の見どころを巡る参拝ルート
今回の旅は新潟市から出発して国道8号線に沿ってまっすぐ進み、道の駅で小休憩します。長野市街に入ってからはスピードが上がりませんが、5時間ほどかけて目的地へと向かいます。
今回は①下社・春宮②下社・秋宮③上社・前宮④上社・本宮の順で巡って参ります。
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氏神様とは?幼少期から親しみのある地元の神社
私が幼いころ、軒下に入って遊ぶほどお世話になっていた小さな諏訪神社がありました。その諏訪神社にも鹿島神宮のBLOG投稿の回でもお伝えしたように「総本社」という存在があることを知りました。いつかその諏訪神社の総本社である「諏訪大社」へと参拝に訪れたいと考えていました。
信濃国と諏訪信仰
新潟県の河川である信濃川は、新潟市の中心地を通り日本海に注いでいます。元々は「信濃国の河川」という意味でがあり、源流は長野県に遡ります。
「信濃国(しなののくに)」とは律令制時代からの呼び名で長野地方のこと示す言葉です。
また、「信濃」という言葉の語源を調べていくと、長野県に多く存在した「科(シナ)の木」が語源であるそうで、その「科」とは元来、「罪」や「咎」という意味であるそうです。
多くの人の「罪を背負って罰を受けた」と伝えられているキリスト教の創始者であるイエス・キリスト宗教や神様を示唆する存在であるという事で何か日本の神道とどのような繋がりがあるのか探っていこうと思います。
Today’s Sacred Destination
信濃国一之宮 諏訪大社(下社 春宮)
しなののくにいちのみや すわたいしゃ(しもしゃ・はるみや)

諏訪大社のご由緒とご祭神(建御名方神の神話)
場 所:長野県諏訪郡下諏訪町193
御祭神:建御名方神(たけみなかたのかみ)
八坂刀売神(やさかとめのかみ)
建御名方神と八坂刀売神は夫婦神で、春宮ではどちらも御祭神として祀られていらっしゃいます。諏訪大社は本殿や拝殿という概念がなく、御神木が拝殿の奥に鎮座しています。日本でも最も古い神社の一つとも謳われているのもこの様式を取っているからであるというお話です。
一之宮とは?各々の国に鎮座する社格の高い神社
ある地域の中で最も社格が高いとされる神社のことです。現在の長野県(信濃国)では諏訪大社がこちらの地方の一之宮です。
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平安朝廷に命じられた国司(地方官)が国内の神々を巡拝する順序や信仰の深さから自然に序列が生まれたそうです。その最上位にあるものが「一の宮」と呼ばれるようになり、順に、二の宮、三の宮、四の宮と順位がつけられました。
「全国一の宮御朱印帳」という御朱印帳が一之宮の社格を持つ神社では授与品として取り扱っており、全国にあるすべての一之宮を巡って御朱印を受ける旅に出られる方もいらっしゃいます。私も一之宮や総本宮を中心に神社巡りの旅を続けています。

ご祭神は「建御名方神」
建御名方神(たけみなかたのかみ)は、武甕槌大神との闘いが相撲の起源となりました。出雲大社の御祭神の 大国主大神の御子神の一柱で、大国主大神と共に国造りを行った「勇武に優れた者」という意味の名を持つ神様です。
この画像は「建御名方神」というテーマでChatGPTを用いて生成いたしました。
神話では勇猛さが際立っています。日本神話では国譲りの神話に登場します。
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▶建御名方神についてもっと詳しく
日本の最高位の神様である天照大御神は、地上を平定する大国主大神から国を譲るように天界から使者を使わせました。大国主大神の御子神である建御名方神は天照大御神の使者として使わされた武甕槌大神に国を譲る事を迫られます。どちらも勇武に優れている神様であり、この時の力比べが現在の相撲の起源であると以前お話をいたしました。
建御名方神は武甕槌大神には歯が立たず、この土地を譲ると約束して信濃の地(現在の諏訪)に逃れ諏訪大社へ祀られるきっかけとなりました。
諏訪大社のご祭神についてのご紹介はこちら
➡其の1. 建御名方神——「勇武に優れた者」という意味の名を持つ神

諏訪大社春宮へ到着しました。表参道から左手に見えている手水舎へ向かいます。

まだ神社巡りを始めたばかりで手水の使い方も理解していませんでしたが、見よう見まねで柄杓で汲んだ水を両手にかけてみます。

社号表も一之宮の風格を感じます。さっそく参道の正面の鳥居をくぐらせていただきます。
鳥居や参道の歩き方の作法があります。その理由までを徹底解説!

参道の右脇に聳えている御神木です。根元は一つの樹木ですが、地上10メートル付近で二股に分かれていることから「結びの杉」といわれているそうです。

こちらはお神楽を奉奏したり祈祷を行う神楽殿です。こちらの裏側に参拝を行う拝殿がありそうですよ。

諏訪大社の四隅にこちらの御柱が立っています。他のどちらの神社でもお目にかかる事はないはずです。初めて訪れる方には非常に不思議に思われるかもしれません。

「春宮二之御柱」と記してあります。幣拝殿の奥にはもう二つの御柱が建っていて幣拝殿の周囲の四隅を囲っています。ふと気が付くと、川のせせらぎが聞こえてきますね。参拝が終わった後にそちらに向かってみましょうか…

一般的な神社には参拝や礼拝を行う「拝殿」と祈祷などを行う「幣殿」。神社にお祀りされる対象でいらっしゃるご神体が鎮座してる「本殿」の三つが存在しますが、こちらの諏訪大社では「拝殿」と「幣殿」が合わさった「幣拝殿」という珍しい様式を用いています。

幣拝殿に向かって左手側にある小道に沿って進んで参りました。先ほど聞こえてきた水の流れる音はこちらのようですね。川の中州に何やらお社のような物が見えます。

境内社の「浮島社」です。どんなに大水が出てもこちらの島は流されないという「下社の七不思議」の一つだそうです。私は綺麗な女性に言い寄られることは決してありませんが、女性の誘惑には流されないように祈願を行いたいと思います。

浮島社を後にしてさらに奥に進みます。何かの遺物のようですね。近くに寄ってみましょう。

こちらの石像は芸術家、岡本太郎氏が絶賛しました。
大鳥居を奉納しようと、石工が石にノミを打ち入れたところ血が流れ出たため、仏様のお名前を刻んだことが由来です。万治3年(西暦1660年)と刻まれていることから万治の石仏と称されるようになりました。
正式なお参りの手順についてはおいでなしてしもすわのホームページをご参照ください。

7年に一度開催される御柱祭。春宮、秋宮、前宮、本宮の四社の社殿の四隅に計16本の柱を立てる壮大なお祭りです。
奥山からもみの木の大木を切り出し、人の力のみで斜面を滑走する姿が有名で、20年ほど前まではテレビで頻繁に報道するほど有名なお祭りでした。
柱となる大木を切り倒すためのこぎりでしょうか。
日本三大奇祭の一つ諏訪大社の「御柱祭」
諏訪大社四社のすべてに御柱と呼ばれる巨大な四つの柱が建てられています。
その柱を立てるために山からもみの木を伐り出し、山の急斜面を滑り降りる危険な場面が象徴的な諏訪地域に伝わるお祭りです。
▶もっと詳しく
諏訪大社の御柱は諏訪大社の周囲を4つの柱で囲んでいます。
社殿の周りに柱を立てる意味については諸説あり、宮殿の柱である説、結界を張っているという説がありますが、私が注目したのは「世界は4本の柱でできている」という説です。
「柱」とはもともと神様の数え方で、世界を四柱の神様で支えていると考えると、キリスト教、仏教、イスラム教の世界三大宗教にもう1柱加えると4つの柱と捉える事が出来るのではないか…というのは面白い考察なのではないかと考えています。
諏訪大社(春宮)で授与される御朱印と御朱印帳

諏訪大社春宮の御朱印です。太くしっかりした字体をした御朱印ですね。右側には「信濃国一之宮」と記していただきました。
諏訪大社(春宮)へのアクセス方法(駐車場・最寄り駅)
所在地
長野県諏訪郡下諏訪町193
TEL:0266-27-8316アクセス
JR下諏訪駅から1.2km
下社秋宮まで1.2km※鳥居の手前に参拝者用の無料専用駐車場が完備されています
Today’s Sacred Destination
信濃国一之宮 諏訪大社(下社 秋宮)
しなののくにいちのみや すわたいしゃ(しもしゃ あきみや)

諏訪大社のご由緒とご祭神(建御名方神の神話)
場 所:下社秋宮長野県諏訪郡下諏訪町5828
御祭神:建御名方神(たけみなかたのかみ)
八坂刀売神(やさかとめのかみ)
春宮から車で5分程走らせて、秋宮へと参りました。春宮よりも少し高台に位置しています。境内の敷地も若干広く、温泉で手を清めることができる手水や、宝物殿のしめ縄が見所です。

秋宮に到着いたしました。春宮よりも少し高台に位置しています。私は来客者ですから、上下を気にせず躊躇なく駐車場の奥へと駐車いたします。職場の方へのお土産として御柱を模った焼き菓子を購入した後、いざ参拝へ参ります。

こちらが秋宮一の鳥居です。金属でできた金鳥居ですね。
春宮の浮島社を散策していた辺りから、メガネの度が合わないような違和感を得ながらここちらまで辿り着きましたが、この地に通っている何かが身体に影響をもたらしているという噂も伺いました。
鳥居の材質にも様々な種類があります。鳥居についての解説はこちら
➡鳥居の種類とは? 鳥居の意味・語源・形状を神社巡り経験者が解説

秋宮の手水舎です。手水舎の作法については未だによく理解していませんが、とりあえず両手を水で流してみましょう。
鳥居をくぐった後、次に行うのが手水です。
正しい清め方には意味があります。

龍神様の口から水が流れていて大変風情を感じます。神社ではよくあるものなのでしょうか?

境内に足を踏み入れて緩やかな石段を登ります。楽しそうな雰囲気を感じますね。
鳥居や参道にはくぐりかたや歩き方に作法があります。

秋宮の神楽殿です。この太いしめ縄に注目してください。全国的に有名な出雲大社には象徴的な太いしめ縄が飾られていますが、諏訪大社のしめ縄も大変立派です。
実は、諏訪大社のご祭神である建御名方神が出雲大社のご祭神である大国主命の「御子神」(息子さんですね)でいらっしゃるため、両社の繋がりからこの様な立派なしめ縄が施されているそうです。

筋骨隆々の立派な狛犬さんですね。高さが1m70cmあり、青銅製では日本一と言われているそうです。

全国的に見ても珍しい温泉の出る手水だそうです。龍神様もなんだか熱そうな顔をしていらっしゃいます。直接手を触れてみると、非常にいい湯加減のお湯でした。

こちらは秋宮に安置されている「さざれ石」です。
以前ご紹介した鹿島神宮にもさざれ石が安置されていましたが、こちらも国家の歌詞に登場するように、細かい石灰岩がくっついて大きな岩となり苔が生えている状態ですね
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▶さざれ石とは?
細かい石灰石が長い年月をかけて雨水で溶解し、ひとつの大きな岩の塊になったもの。日本の国歌「君が代」の歌詞にある「さざれ石の、巌となりて、苔のむすまで~」とは、小さな石が、一つの大きな岩となり、苔が生えるまで長く繫栄しますように~との願いの込められた歌です。
こちらでご紹介している神社以外にもさざれ石を安置している神社があります
➡ 常陸国一之宮 鹿島神宮|国譲りにまつわる武神とアントラーズを巡る東国三社参拝記

秋宮の「幣拝殿」です。地元の諏訪神社ではお世話になりました…

※「摂社」については今後BLOGにてご説明いたします。
諏訪大社 秋宮で授与される御朱印と御朱印帳

達筆な筆遣いの諏訪大社秋宮の御朱印です。右下に「秋宮社」の印を押していただいています。
諏訪大社へのアクセス方法(駐車場・最寄り駅)
所在地
長野県諏訪郡下諏訪町5828
TEL:0266-27-8035アクセス
JR下諏訪駅より0.8km
春宮より1.8km※詳しいアクセス情報やご由緒については🔗諏訪大社の公式ホームページをご覧ください。
参考文献
- 『日本書紀』
- 諏訪大社ホームページ
- 神社本庁公式サイト
■この記事について
本記事は実際の参拝体験と現地で撮影した写真をもとに作成しています。
歴史的
秋宮の近くにあるお店で信州蕎麦をいただこうと思います。初めて神様の威光を感じた事に感銘を受けてお蕎麦屋さんの暖簾をくぐると「御新規様一名様いらっしゃいました!」と威勢の良い印象深い参拝体験ができました。
しっかりとこしのある程よい少し細めのお蕎麦を噛むと、そば粉の香りが香ってきます。薬味と一緒にそばを堪能し、程良いテンポでお蕎麦をすすっていると、伸ばす手が止まりません。お腹いっぱい食べられないのはお蕎麦をいただくときにありがちな盲点です。名残惜しさを感じながら店舗を後にしました。
御柱のお土産を購入し、信州そばを堪能しながら御神氣様1名様に選ばれたことに自尊心をくすぐられながら次の目的地を目指します!
次回は諏訪湖の南側の「前宮」から「本宮」の順で参拝いたします。それでは諏訪大社四社巡りの後編、いざ「上社前宮」と「上社本宮」をご一緒に参ります!!
➡信濃国一之宮・諏訪大社 上社編『君の名は。』の絶景と龍神伝説・相撲の神を訪ねる旅



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