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Ep.48 神社でカラスに出会う意味とは? 八咫烏の神話・民俗学・文化的背景から読み解く

また、日本神話に登場する八咫烏は、神々の導きを象徴する存在として知られています。また、民俗学や地域信仰の世界でも、カラスは神聖な鳥として扱われてきました。本記事では、神社でカラスに出会う意味について、神話・歴史・文化の視点から丁寧に読み解いていきます。

それでは、いざカラスから紡ぐ神代の世界を巡る旅へ参ります!

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➡鳥居をくぐる時は左右どっちの足から?|参道を歩く際の参拝作法

「八咫烏が祀られているのは熊野神社」

 学生時代からサッカーに打ち込んできた私は、八咫烏は単なる神話の鳥ではありませんでした。自分が所属してきたサッカー協会のシンボルであり、日本代表のユニフォームにエンブレムとして刻まれた憧れの存在でした。その三本足の烏が、今も現役の信仰として息づいている場所が熊野三山だと知ったのは、自身が入院をしていた頃に日本代表の掲示板サイトで出会った見知らぬ友人たちから、八咫烏が実際に熊野三山でに今も信仰されているという話を聞いたとき、一度は自分の足でそこに行かなければならないと思いました。


「カラスを嫌う人は多いけど俺はカラスを見ると拝んでしまう」「ヤタガラスw」
「八咫烏が祀られているのは熊野神社」「熊野神社の総本宮は熊野三山だよ」

その掲示板での会話が長い間、私の記憶の中に残っており、いつか退院した際には参拝をしようと心に決めていました。


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① 神社でカラスに出会ったとき、何を感じるか

② 日本神話における八咫烏──神の使いとされる烏の正体

③ 民俗学から見たカラスの信仰──神聖と不吉の間で

④ どうして神社にカラスが集まるのか──生態と文化の交差点

① 神社でカラスに出会ったとき、何を感じるか

 神社の参道を歩いていると、突然カラスが現れることがありますよね。石燈籠の上に止まっていたり、御神木の高いところから見下ろしていたり、境内を悠々と歩いていたりします。

 向こうもこちらを気にしていないようで、自然の風景の一部のように振舞っていますが、我々もどこか心の奥底で心に留めている事があります。


参道を歩き御神木を崇められた後は手水舎で手を清めましょう。

➡参拝の作法|手水舎に込められた祓いの意味とは

カラスは縁起がいい?悪い?──その問いが生まれる理由

 「カラスは不吉」という感覚を持っている人は多いと思います。

 ところが、神社でカラスに出会うと、その感覚が揺らぎます。「ここは神聖な場所だから、もしかしたら逆に幸運が訪れるような前兆かもしれない」という感覚が沸きます。この葛藤はごく自然なものなのでしょうか?

西洋と日本でイメージが異なるのはなぜか

西洋文化における「死の鳥」というイメージの由来

 民俗学的な記録を辿ると、特に葬送の場面ではカラスが現れると「死を告げる鳥」と解釈される記録は各地に残っています。カラスは腐食性があり、かつては疫病が蔓延した場所、特に中世ヨーロッパでペストが蔓延した時代に「死の象徴」としてや戦場に多く集まる鳥として観察されてきました。その様な印象が「不吉な鳥」というイメージを定着させた面もあるそうです。ケルト神話にも、戦場の女神の化身としてカラスが登場します。

日本における烏の立ち位置

 一方、日本ではカラスを神聖視する文化が古くから存在してきました。その中心にあるのが「八咫烏(ヤタガラス)」という神話に登場する存在であり、太陽の化身・神の使いとして古事記や日本書紀に記録されています。

 神社という場所でカラスに出会う場合は、否定的なイメージよりも神聖なイメージのほうが勝ることがあります。その理由を理解するために、次の章の四つの視点から考えて行きたいと思います。

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この記事で整理する「四つの解釈軸」について

  • 神話的解釈:古事記・日本書紀に記された烏の物語
  • 民俗学的解釈:各地の民間信仰・伝承に伝わるカラスの扱われ方
  • 文化的・生態学的解釈:なぜ神社にカラスが集まるのか、という実際的な背景
  • 心理学的解釈:なぜ人は動物との遭遇に意味を見出すのか 

② 日本神話における八咫烏──神の使いとされる烏の正体

神社に導かれたら参拝の作法を身に付けましょう。

➡二礼二拍手一礼の意味とは?神様に向き合う礼拝作法を解説

古事記・日本書紀に記された八咫烏

 八咫烏が文献に登場するのは「神武東征」について記された物語の中です。初代天皇である神武天皇(カムヤマトイワレビコ)が熊野から大和(現在の奈良)へ向かう途中、深い山中で道に迷い困難に遭遇します。そこへ、古事記では高木大神(タカギノカミ)、日本書紀では天照大御神の命により遣わされたのが八咫烏でした。

 

 この烏が先を飛び、天皇の一行を無事に大和へと導いたとされています。記す神の名は書物によって異なりますが、「天から遣わされた導きの烏」という点では共通している情報です。

「八咫(やた)」という言葉が示すもの

 「咫(あた)」とは古代日本の長さの単位で、親指と中指を広げたときの、おおよそ18センチほどの長さのことだそうです。単純計算では八咫は約144cmとなるそうですが、古代の用法では「八」とは「百万の神々」や、日本の国家に登場する「千代に千代に」という表現からも想像できるように「たくさん・大いなる」という意味でも使われています。

 つまり八咫烏の「八咫」は、大きなカラスを表すというよりも、「神の意志を体現する偉大な烏」という神聖さの表現であると解釈をする研究者も多いです。

熊野三山と八咫烏──信仰の中心地を訪ねて

熊野那智大社から参拝を始め、熊野速玉大社、そして熊野本宮大社へと進みます。

 私がこのルートを辿ることになったのは、サッカーに打ち込んでいたことに由来しています。私が小学生から高校生になるまでに日本代表は「ドーハの悲劇」を経て、98年World Cupでは大会初出場を果たした日本代表に憧れを持ちながらサッカーを続けていました。日本代表のエンブレムに刻まれた八咫烏は、単なる象徴としてのデザインではなく、どこか特別な意味を持ち、長い間自分が成長する環境でいつも身近に感じていました。

八咫烏を神使として遣わせて初代神武天皇をお導きになられた最高神

➡天照大御神——高天原の統治を仰せつかった太陽を司る日本の最高神

 熊野速玉大社を経て、最後にたどり着いたのが熊野本宮大社。社務所の前で順番を待ちながら、人に渡すための「八咫烏のお守り」のことを考えていました。小雨が降る寒空の下、気温は低く、それでも待ち時間が長く感じることはありませんでした。

 

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さらに詳しく

熊野から新潟に戻った後で、こちらのお守りを
大切な女性にお渡ししました。今でもその女性からの
便りが届くことを心から信じて待ち続けています。

➡熊野本宮大社の公式ホームページはこちら

熊野の地を訪れた際にはお賽銭の金額について考えてみてはいかがでしょうか?

➡お賽銭に込める感謝の心とは|金額の意味と願い事の作法を紐解く

③ 民俗学から見たカラスの信仰──神聖と不吉の間で

全国の神社でカラスが「神使」とされる事例

 カラスを神使としてお祀りしている神社は全国に数多く存在しています。熊野系の神社ではカラスが神使とされていることが多く、京都の上賀茂神社・下鴨神社においても、祭神である賀茂建角身命(カモタケツヌミノミコト)が八咫烏の化身あるという言い伝えが残っています。

 

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神使とは?

神と人の間を取り持つ存在として信仰されている動物のことを言います。
その動物を境内で見かけることが幸運を表すという考え方は、日本神道の文化において広く知られてきました。

実際に訪れた熊野の地

実際に熊野三山を参拝すると、八咫烏のシンボルは社紋や授与品などいたるところに刻まれていて、様々な文献を見ながら、実際に八咫烏を崇敬する総本社でその文化に包まれるのは、感慨深いものがあります。私はお守りを購入する事だけを考えており、つい指導を行っていた当時の教え子たちについて祈願することを忘れていました。急いで本殿へと戻り、教え子たちの無事と成功を祈りました。

地域によって異なるカラスの扱い

 熊野・紀伊半島周辺では八咫烏信仰が根強く、カラスへの敬意が文化として根付いているそうです。
その一方で、東日本でのカラスに対する価値観は、一概に「神社のカラス=良い意味を持つ」とは言えない場所も多く存在します。
 神社で見たカラスはすべて八咫烏の化身である、という見方は、ひとつの信仰の形であり、民俗学的にはそれ以上でも以下でもありません。ただし、地域の文化的な視点からカラスを見ることで、その土地の信仰の厚さを感じられる面があります。

④ どうして神社にカラスが集まるのか──生態と文化の交差点

カラスが鳥居に止まってこちらを見ていることがあるかもしれません

➡鳥居の種類とは? 鳥居の意味・語源・形状を神社巡り経験者が解説

一人導かれた熊野の地

熊野三山の参道を歩いたとき、実際にカラスの声が聞こえ、その声がどこから来ているのかわからなくなる瞬間がありました。静寂の中で烏の鳴き声を実際に耳にするという現象は、日常とはかけ離れた別世界のように感じました。

2024/02/23熊野本宮大社にて撮影

「神聖な鳥」と感じる認知のメカニズム

 知能が高いカラスは、よく人間と目が合います。目が合うと「こちらを意識している」「何かを伝えようとしている」という印象を強く受ける事があるそうです。カラスの眼は黒く、表情が読み取りにくい分、見つめられると不思議な感覚が生まれる事があります。

 こうした体験が、神聖な場所(神社)と組み合わさると、「ただの鳥ではない」という感覚に浸る事になります。これは迷信や思い込みではなく、人間の認知が自然な形で働いている結果でもあるそうです。

参考文献:柳田國男(日本人の自然観、動物と神使信仰、鳥と異界の関係)


参考文献

  • 『日本書紀』
  • 熊野那智大社公式サイト
  • 熊野速玉大社公式サイト
  • 熊野大社公式サイト

■この記事について

本記事は実際の参拝体験と現地で撮影した写真をもとに作成しています。
歴史的事項や神話の解説などについては上記資料を参考にしています。

今回は、民俗学や地域信仰の世界でも、カラスは神聖な鳥として扱われてきたという事をお伝えしてきました。次回は、「神社でカラスに出会う意味とは?」の続編として、心理学を用いてカラスと神社の関係を紐解き、サッカー協会と八咫烏の関係について解説していきたいと思います。

それでは、いざカラスから紡ぐ神代の世界を巡る旅へ参ります!お楽しみに。

神社でカラスに出会う意味とは?

➡心理学的な視点・日本サッカー協会と八咫烏の関係


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 このブログを運営する「nroio.online」は、サッカーの選手として12年・指導者として5年間の経験があります。日本サッカー協会のシンボルである八咫烏への関心をきっかけに神社と日本神話の世界へ引き込まれ、以来10年にわたり新潟市を拠点に神社の参拝に対して記録し続けています。熊野三山をはじめとする神社への一次取材と、神話・民俗学への学びながら「神社参拝をもっと深く楽しむための知識」を発信しています。現地参拝の記録はX・Instagramでも発信しています!

※ブログ掲載写真の多くは実際に参拝時に撮影したものです。

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